環境危機「足るを知る」 共生の哲学と循環の思想 稲盛和夫
バブル崩壊後、日本は資産デフレに陥った。その結果、膨大な不良債権の償却に追われ、同時に一般消費の低迷、株価下落によって日本の不況色は大変深刻だ。政府も財政出動を繰り返し、補正予算を組み、公共投資の前倒しをしながら景気浮揚に一生懸命、努力をしている。
国、地方を含めた借金は六百六十兆円を超えるまで膨れ上がった。景気浮揚策を要求される多くの方々が、今後も二、三%程度の経済成長率は必要だと言う。しかし、経済成長至上主義が本当に人類にとって正しいのか、それが可能なのか検証してみる必要がある。
人類は二十一世紀に至る約二、三百年の間で、知性を駆使して化学技術を進歩させてきた。人類の英知で地球を征服し、改造できると信じてきたが、環境破壊をもたらしつつある。地球温暖化は危機的な状況で、回復できない限界に刻一刻、近づいているのではないか。そういう状態からも経済成長が続けていけるのか疑問だ。
私は、四年ほど前に得度をして坊さんの端くれになった。お釈迦(しゃか)様が教えてくれる「足るを知る」ということを、人類がそろそろ思い出していい時ではないか。豊かな生活の中で、「もうこのくらいでいいではないか」という意味だ。
これ以上のぜいたく、際限のない欲望を満たす努力をするのではなく、豊かになった現在を感謝する。心をすり減らすような生活から一刻も早く逃れるべきではないか。
都会の人々の中には、地方の緑豊かな田舎で若干貧しくても生活をしたいと希望する人たちが増え始めている。高度な文明社会を過ごしたい人は大都会へ、緑豊かな心休まる生活をしたい人は地方へという選択があっていい。
人類の先祖は地球環境にマッチし、自然の流れに従って生きることが、人類を生存させる大事なことだ知っていた。縄文時代は豊かな森に囲まれ山の幸、海の幸に恵まれ、それを狩猟、採取していた縄文時代の日本人たちは、自然をもたらすものを感謝をもって受け取り、その恵みが再び繰り返されることを祈りながら自然の循環とともに生きていた。
しかし、人類は農耕牧畜文明を手に入れた。自然を支配する試みが始まり文明は高度な発展を遂げたが、自然循環のメカニズムを壊してしまい衰退した一面もある。
世界四大文明の発祥の地、エジブト、メソポタミア、インダス、黄河流域は、すばらしい地域だったろうに現在は半砂漠化。人間の欲望の拡大で起きた環境破壊、それが文明すら危うくした一面を証明している。
霊長類の研究で世界の第一人者の京大名誉教授の伊那純一郎先生から聞いた話しだが、アフリカの狩猟民族が住む集落では、村の男たち全員が狩りに出て、だれかがシカやシマウマなどの大きな獲物を一頭倒すと、狩りは終わるのだそうだ。獲物を担いで帰ってきて集落全員におすそ分けする。
小さな肉をもらった若者に「もっと肉がほしいと思わないか。もう一頭倒してきたらどうか」と聞くと、即座に「それはしてはならない」。村の掟として禁じられていることを知ったという。肉を食べたいから狩りに精を出して獲物を捕り、絶やしたら二度と動物は繁殖しないだろうし、そのために困ることになるからだろうと話していた。
原始的な人たちの営みに比べて、近代的なわれわれが地球とともに、共存し自然の循環の中で生存し得るようなことをやっているか。いま一度、考え直す時が、この二十一世紀ではないかと思っている。(シンポジウム 21世紀のふるさとづくり2001 基調講演 共生の哲学と循環の思想 稲盛和夫 4/30/2001 信濃毎日新聞)
水につながるふるさと
クリア・ウオーター・リバイバル
Clear Water Revival from Azumino,Shinsyu