通信紙

こちら“ちくま”

2002年第2号 通巻28号
 
 発行人 新井俊雄
 編集人 大下京子 宮沢敬子
 発行所 筑摩工芸研究所
 〒399-0001 長野県松本市宮田8-22
 tel. 0263-26-6330 fax. 0263-26-6047

回顧復習篇
 ─知ってることは力になる・22─

 たていわ しんや(信州大学医療技術短期大学部助教授)
引っ越しあれこれ

ちくまの日記
編集後記

回顧復習篇

─知ってることは力になる・22─


たていわ しんや(立命館大学政策科学部助教授)

 このごろ副題を変えた方がよいかなと思ってしまうのですが、次回あたりはまじめに「支援費制度」の話でもすることにしましょう。今回は回顧篇?、というかバックナンバーの紹介というか、です。

  このたび私、職場が立命館大学に変わり、京都に引越しました。松本には1995年の4月から7年間いたことになります。とくに最初の2年くらいは長い本を書いていたということもあって、なるだけ外に出ないようにしてたのですが、それでもだんだんと松本市、長野県の人たちとおつきあいが始まりました。「全国自立生活センター協議会」等の集まりで話をしたり、文章を書いたりしていたので、知ってくださっていたようです。調べたら、97年11月、「上田地域障害者生活支援センター」の開所記念の講演会で、橋本和子さんと二本立てで講演したのが県内での最初の仕事。そして上田のセンターに続いて松本でも「市町村障害者生活支援事業」を行なう組織を作ろうという話がちくま出身者・関係者を中心に具体化していきました。私も市役所に説明に行ったり(98年9月)。そして「松本市障害者自立支援センター・ぴあねっと21」が始まったのが99年の10月、というような順序だったようです。

  本誌にはじめて原稿を書いたのは97年12月です。そのときには、イギリスのコミュニティ・ケア、ケア・マネジメントを見てきた話を書きました。イギリスに行ったのはその年の夏です。私たちがロンドンにいる時にダイアナ妃が亡くなりました。またそのとき部屋もいっしょでそのテレビ・ニュースをいっしょに見た(何言ってるかはよくわからなかった)高橋修さんは99年2月に亡くなりました。1990年代の日本の障害者運動を牽引した偉人でした。

  高橋さんの話は終わらないのでそのうちということにして──と以前にも書きましたが、そのうちほんとに書きます──、その次の『こちら“ちくま”』第6号から連載が始まって、まる4年が経って、今回が22回めということになります。すべてをホームページで読めます。ちくまのホームページにも掲載されています。ちなみに私のページが変わりました。名称はarsvi.com、http://www.arsvi.comです。いちいち入力しなくても私の名前で検索すれば出て来ると思います。私たちが1990年に書いた本が『生の技法』(副題が「家と施設を出て暮らす障害者の社会学」、藤原書店)で、それをラテン語で言うとars vivendiで、そこから来ています。arsは英語だとart、芸術と訳すと本来からの意味からは少し狭くなり、私たちは技法としたのです、という話も脇道でした。何が言いたいかと言うと、これまでの22回分+最初の1本すべてがホームページに載っていますのでどうぞ、です。「立岩」のところをクリックして『こちら“ちくま”』掲載の文章を一つ選び、そこから「ちくま」にいくと、バックナンバーも読んでいただけるようになっています。

  最初の方で書いたのは「若いうちに生活保護を使おう」「自分が選んだ人をヘルパーにする」「移ることを支える」「『市町村障害者生活支援事業』のこと」「ガイドヘルプは使える」といった具合で、「力になる」もそれほど誇大広告ではなかったのではないでしょうか。状況は当時からそう大きく変わっていないので今でも使えるところはあると思います。その後「大学に通いながら世間を知る」「介護保険は使えるか」「あればいいってものではない」「『自立』?、なにそれ?」「『自立生活運動』」「『NPO』のこと」(1〜5)」「おわび+おしらせ」「つよくなくてもやっていける」「『自立生活運動と障害文化』」「福島智さんのこと」「おくりもの、というもの」「これからの介助のこと」と続いてきました。このあたりは他の新聞や雑誌や辞典に書いたものが多くなっています。基礎知識を得るには使えるものもあるかと思います。

  そして、ちくまやぴあねっととの関係では、私の方で提供したものより、もらいものの方が明らかに多かった。勤めていた信州大学の医療技術短期大学部(10月から医学部保健学科になります)の看護学科(10月から看護学専攻)の卒業研究等で、おおいにお世話になったのです。そうして何本もの学生たちのレポートが生まれました。例えば1998年度には「障害者の外出支援サービスの調査研究」。これはこの年に自立支援センターちくまが始めた外出支援サービスについて調べたものです。そして昨年度は「法人格を取得するということは」。これはいま法人化・立て替え・引越しで大忙しのちくま、すでに法人格を取得して活動している「コムハウス」、検討中の「パノラマ作業所」で聞き取りさせてもらってまとめたものです。その他、様々なところで様々な人に学生がお世話になりました。感謝です。これからもきっとお世話になると思います。よろしくお願いいたします。

  そしてこれらのレポートもホームページからご覧になれます。ADSLも普及してきて、ようやく──もちろん加入すればですが…、私も4月半ばからADSLにしました──あまり時間を気にせずインターネットを使えるようになってきました。見て楽しいというページではありませんが、どこに引越そうが同じ条件で見てもらえるのがインターネットのよいところです。長野県内のイベント情報等いただければ「これからあること」欄に掲載させていただきます。再度、よろしかったらどうぞ。

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引越しあれこれ

1986年(昭和61年)5月に、松本市宮田の元・松本市重度障害児通園施設「宮田学園」跡へ移転してきた“ちくま”も、法人化に向けて新築することになりました。色々な思い出が詰まった建物と涙(?)のお別れになりました。


引越し最中


 荷造りをしていると、ものすごい量になった! ! 
一体どこからそんなに出てくるのという程の量です。まずは第一弾の仮設に引越しは終わりましたが、年内に第2弾の新築“ちくま”への引越しがあります。そこで、 「引越しボランティア」を募集中でーす。  
 ゴミのように見えても、どれも大切な物。

解体工事

 当初からいたメンバーやスタッフは、見ると悲しいだろうからと、下っ端の林が撮影に行ってきました。ものすごい音で崩れていった“ちくま”。今は更地になり静かに、新しい“ちくま”が建設されるのを待っています。
作るのは大変なのですが、壊すのって早〜い。

建築期間中の移転先

 「松本倉庫株式会社」さんより、2階建てのプレハブをお借りすることができました。滑り止めを張ったスロープも作り、中に入ると狭いながらもなぜか落ち着くのです。新築の“ちくま”は‥‥落ち着けるのかな。
エアコン外機は、オブジェ??。あの“ちくま”で暑さには強い私たちですから大丈夫。

<移転先住所>

〒390−0832 長野県松本市南松本2−5−38

TEL 0263−26−6330
FAX 0263−26−6047
(TEL・FAXは変わりません)

※ 旧住所宛ての郵便物は転送していただけますが、是非こちらの住所にお願いします。

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法人化日記 ふろく

 日本財団の説明会、前日の夜は交流会に出席しました。「ちくま」の担当者は、本多さんという方です。きびしく、やさしく、適切な助言をいただいています。小規模の社会福祉法人への助成は、全国で2箇所です。

 よろしくお願いしま〜す “ちくま”の近くにある「ジャスコ南松本店」では、毎月11日に発行される黄色いレシートを出しています。これを「イエローレシート投稿BOX」に投稿していただくと、レシート金額の1%を指名団体に還元されています。
“ちくま”は支援先6団体の中に入れていただいていますので、「自立支援センターちくま」のBOXに投函をよろしくお願いいたします。

 場所は西側エスカレーターの昇り口横です。見つからないときには、サービスカウンターにお尋ねください。

 「イオングループ」では、毎月11日をTイオンデーUとして、いろいろな形で社会貢献活動に取り組んでいます。あなたの町の「ジャスコ」「ハイパーマート」各店で企画されてます。

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(社)日本青年奉仕協会より派遣 

はじめまして一年間“ちくま”でお世話になります。
伊礼 佐千代(いれい さちよ)

 「ボランティア365」に応募した理由は、平成13年4月から14年7月まで養護学校で働いていて、とても充実した日々を送っていました。しかし任期切れが近づくにつれて初めの頃とは違い、慣れてきて楽な方へと流れてしまっている自分に気がつきました。例え臨時という立場でもこういう人間が教師をしてはいけないと思い、ここで一度立ち止まり、教育現場を離れてみて、他の世界を見たり体験することで、見えてくるものや感じるものがあるのではないかと思っていました。しかしこれといって何かしたいことや、やってみたいことも特になくボーっと過ごしていたある日、新聞を見て何気なく参加した説明会で「V365」を知り、これをきっかけにして他の地域の人達や文化に触れ合い、色々な経験をして少しでも何かを得られたらと思い応募しました。「なんくるないさ!」をモットーにがんばりたいです。

 ※「なんくるないさ」沖縄方言で「なんとかなるさ」


ちくまの日記


2002年
3月2日

法人化に伴う新築のため、解体間近の「ちくま最後の晩餐?」。そして、連載は続けていただきますが、県外へ転勤される立岩真也さんの送別会。お世話になっている方々に集まっていただきました。

4日

仮住まいへ引っ越し開始。

6日

本格的な引っ越しのため作業所及び石けん発送休業。(〜17日)
(引っ越しの間、お手伝い下さった皆様、ありがとうございました)

9日

家族会、仮住まい現地説明会。

18日

仮住まい(松本倉庫さんの一角)で作業所再開。

21日

浅間温泉で大きな山火事が発生し、20周年の会場でもあった大変お世話になっている神宮寺に、スタッフ一同駆けつけました。ちくまの車両にお寺の大事なものを積み込み、いつでも避難できる用意。幸い、神宮寺に被害はなかったので、ご安心下さい。

4月4日

解体開始。15年間ありがとうございました。

9日

設計図完成。日本財団へ提出。

10日

日本財団春の交流会に新井代表、弓岡、野田参加。

12日

市民タイムス「おもいやりBOX」から20万円をご寄付いただきました。ありがとうございました。
一年間ボランティアの森谷幸恵さんの送別会。出身地名物いも煮を作ってもらいました。涙、涙のお別れでした。「ゆきちゃん、ありがとう」

17日

今年度の一年間ボランティア(V365)、伊礼佐千代さん着任。沖縄出身。今までで最も遠方からの365です。養護学校の先生をしていました。
活動先に「ちくま」を希望した理由は、ちくまのPRの(?)写真に写っていた「きよしくん」に惚れたからだとか……。

18日

通所希望のKさん、見学。

21日

神宮寺春の法要でバザーをさせていただき、365伊礼、バザーデビュー。

24日

作業所のみんなで、「ガスト」へランチを食べに行きました。総勢23名。ウェイトレスさんの目が点に……。いい経験でしょ?

25日

なんなんひろば利用者の会総会出席。

26日

世田谷ボランティア協会の山崎さん来所。

5月1日

豊科町のKさんより、段ボール箱山盛りのお菓子をいただきました。

8日

ルピナ中部工業(株)の川井さん、バースディ休暇でボランティアに来てくださいました。ルピナの皆さん、いつもありがとうございます。

9日

長野マツダ穂高店様より、テーブル2脚をいただきました。

10日

長野市の矢澤印刷様より、大量のタオルをいただきました。

12日

御代田町「ふれあい広場」バザーに参加させていただきました。

15日

法人化書類申請手続き始まる。

19日

松本仏教和合会主催のお花まつりでバザーをさせていただきました。

22日

ルピナ中部工業(株)の小林専務さん、ボランティア休暇で来所。お手伝いいただきました。いつも大変な仕事ばかりして下さるのですが、きょうは炎天下でのヨモギ採りと草刈でした。

〔編集後記〕
 そろそろ忘年会の日程を決める時期ですが、今年だけはいつもの会場でなく、新築の“ちくま”でやりたいと思っているので、まだ日程を決められません。秋後半の急なお知らせになると思いますがよろしくお願いします。(京)

 V365のユキちゃんがTお礼奉公Uに今年度のサッちゃんが派遣されるまで残ってくれました。忙しい時なので大助かり。まるで、回転ドアのような入れ替わりでした。
 ご苦労様でした。(み)


支援会員 年間 2,000円

賛助会員 年間 5,000円


移動サポート賛助会員

 (個人)年間 5,000円

 (企業)年間 10,000円

各会員の方には『こちら“ちくま”』やさまざまなご案内をお送りします。

郵便振込口座:00520−6−22266

口座名義:筑摩工芸研究所

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