通信紙

こちら“ちくま”

2002年第1号 通巻27号
 
 発行人 新井俊雄
 編集人 大下京子 宮沢敬子
 発行所 筑摩工芸研究所
 〒399-0001 長野県松本市宮田8-22
 tel. 0263-26-6330 fax. 0263-26-6047

日本財団助成決定 法人化日記(4)
これからの介助のこと
 ─知ってることは力になる・20─

 たていわ しんや(信州大学医療技術短期大学部助教授)

ちくまの日記
編集後記


ちくま代表 新井俊雄

県立松本技術専門学校の卓球小屋の間借りから、島立の民家へ、それから現在の宮田へと移り住んできました。
その建物が老朽化、そろそろ建て替えかなと考えていたところ、この度「日本財団」からの補助が決まり、いよいよ長く住み慣れた建物に感謝し、社会福祉法人の取得とあわせ建て替えるはこびとなりました。
建て替え中は「松本倉庫株式会社」様のご好意により、半年ほどそちらに借り住まいとなります。

日本財団助成決定

法人化日記(4)

 皆様には、大変長らくお待たせしましたが、2002年2月27日に、日本財団より連絡があり、「ちくま」に対する助成決定の連絡をいただきました。
スタッフたちの反応が今までと違ったのが印象的でした。
以前、福祉車両の決定通知を頂いたときは、飛び上がって喜んでいたスタッフが、今回は、なんとも静かでした。というのもやはり、これからほぼ1年近くかかるこれからの事業に対する決定です。ここから始まるというのと、「法人になる」ということの重みも感じます。
今まで、ゆっくり・きままに・わがままに歩いてきた「ちくま」ですが、昨年の20周年に引き続き、今年はいよいよ大きく動く年となります。
思えば20年前・・・などと振り返るときもあり、かといって目の前に山と積まれた書類を見てはため息をつきつつも、楽しみな一年が始まります。
その楽しい流れを、今回皆さんにお知らせ致します。

2月 助成決定のお知らせ・引越し準備・仮設作業所の契約     
3月 引越し先の入居準備・所員と家族への現地案内・引越し
4月 日本財団との助成契約締結・旧建物の解体・新築建物の入札・着工
6月 法人設立申請書類を県に提出
9月 竣工
10月 日本財団検収・引越し
11月 法人認可・建物登記・法人登記
12月 小規模通所授産施設開所・                          法人化日記(ちょつとなつかしい?)

その壱
今回最後まで決まらなかった移転先。行政の方にも、様々な情報を頂きましたが、松本倉庫(株)様に快く受けていただき大感謝です。

その弐
引越しに伴い、室内を片付けていると、うちは「リサイクルグッズ」が多いことに気づかされます。以前リサイクルショップ「ちくま」をやっていた名残です。“橋本店長”の頃の品もたくさんありました。その名残惜しい品々を,(嫁または婿?)に出すことになりました。嫁ぎ先は「長野県NPOセンター」です。Re・リサイクルです。

その参:<番外編>
引越しに伴い、あわただしい日々が続き、スタッフはてんや
わんやで挙動不振な事態も多々ある中、所員の中でも、知る人は知るK君。水仕事の好きな彼は、「ちくまの ・ ・主夫」とまで言われていますが、ある日水道屋さんが現れて、移転のため彼の大切な台所用品の「湯沸し機」をはずして持っていってしまいました。主夫のK君も、スタッフ同様挙動不振な日々を余儀なくされています。引越し先の台所は気に入ってもらえるか、心配な日々です。

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これからの介助のこと

─知ってることは力になる・21─


たていわ しんや(信州大学医療技術短期大学部助教授)

 以下、「DPI日本会議」(DPI=Disabled Peoples' International=障害者インターナショナル)から執筆を依頼され、その機関紙『われら自身の声』に掲載された「二兎を追う──問題「介護保障について論ぜよ」に」の再録です。今年の秋、世界会議が札幌で開かれるDPIについては次回にでも紹介することにして、ではさっそく。
                 *  *
 介助制度の具体的な動向から遠ざかってしまっているので、このテーマについて私は適役ではない。本誌(『われら自身の声』)の読者だったら紹介するまでもないと思うが、「障害者自立生活・介護制度相談センター」の『全国障害者介護制度情報』(フリーダイヤル0120-870-222にかけると、まず最新号を送ってくれる)、同センターのホームページ(http://www.kaigo.npo.gr.jp)を見ていただくのが一番よい。また「全国自立生活センター協議会」の『I.L. EXPRESS 自立情報発信基地』にも中西正司さんが毎月のように文章を書いている。とにかくまずそれらを、よくよく読んでみることをお勧めする。

 読むと、なんだか複雑なようだが、要点は二つである。一つ、かたちが(かたちだけは)変わる。一つ、量は(ほっとけば)変わらない。前者は、基本的には、好機と捉えられる。後者はそうではない。

 一つめ。サービスの供給のかたちが変わってきている。「社会福祉基礎構造改革」の一環ということになるが、サービス提供団体=事業者の要件が緩和され、利用者はどこからサービスを得るかを選べるようになる。よいものが作られれば、また自分たちがよいものを作っていけば、そこからサービスを受けられる。2003年から変わるが、介護保険のサービス提供者については既にその方向に行っている。

 これは自立生活運動が主張してきたことだ。政策側が言い出す前から利用者=障害者側は「措置から契約へ」を言ってきたのである。ただ、これが質の向上を自動的にもたらすわけではない。供給主体が複数出てこないところでは、選びようがなく、競争による質の向上は実現しない。供給者が出てこないところでは出てくるよう責任をもたねばならないのだし、また、質の悪い事業者の排除など利用者=消費者保護を必要な場面で行うことも大切である。と同時に、自分たちが主体となってサービスを提供すること。といってもそうかまえることはない。かなり小さくともそれなりにやっていけるようになった。そこで当事者の運動は、実績とノウハウをもっているところが手助けし、全国にそういう組織を作っていこうという方向に動いている。急ぎに急いで、2003年までに当事者主体の事業所を300に増やそうとしている。

 「全国障害者介護保障協議会」(上記の相談センターが具体的な情報提供団体で、こちらは協議し立案し交渉する運動体)、「自薦ヘルパー(パーソナルアシスタント制度)推進協会」(全国で事業立ち上げのための研修会等を行っている)、「介護保険ヘルパー広域自薦登録協会」(介護保険のヘルパーの自薦での利用を支援)等、次々になんだか似たような、同じ人たちが関わっている長い名称の団体は立ち上がるし、動きが目まぐるして、人によっては半信半疑、かもしれない。しかし私は、運動がいま、急いで全力をあげてやろうとしていることには大きな意味があると思う。益があると思う。これにみなが乗って、盛り上がっていったらよいと考える。

 もう一つ、量。これは今までもそうだが、市町村にまかせるということで何も決まりがない。少なくとも増やすという姿勢は見えない。他方、判定された要介護度に応じて一律に決まる介護保険の方は、一番「重い」人でも、訪問介護にだけ使えば1日3時間がいいところである。たまに誤解する人がいるから言っておくが、「量」こそが生活の「質」を決定的に左右する。地域で暮らすための介助の量がなく、それで施設へということになったら、なにが選択だろう。それでも選択だとか自己決定だとか言うのは、詐欺である。例えば施設で暮らすか暮らさないかが選択の問題だとして、同じだけの介助を得られるという前提で選べるのでなければ選択とは言えない。まったく依然として、量が足りない部分は増やさなくてはならないのだし、ないものは作らなくてはならない。従来の一つ一つのサービスはそのままで、それを契約という形にしようというだけに止まってはならないのである。

 利用者=障害者の側は、もっと大きな改革の中に契約や自己決定といった言葉を位置づけてきた。他方、官庁がやっていることを見る限り、普通の、当然の意味での生活の質の向上も自己決定も目指されてはいない。その差は依然として大きい。(かけるお金が変わらず、民間がいろいろやってくれるならそれでよいと財政側が思うのは、当然と言えば当然である。だから一つめの「形」についてだけ、たいがい意見が一致しない政策側と運動側が同じことを言うことにもなった。より詳しくは青土社刊の拙著『弱くある自由へ──自己決定・介護・生死の技術』の356頁以下。)
 日本の自立生活運動の偉大なところは、供給−利用の仕組みの変革と、社会的な負担による十分な量の供給、この両方を同時に求めてきたところにある(安積他『生の技法 増補改訂版』、藤原書店、1995年の第9章、全国自立生活センター協議会編『自立生活運動と障害文化』、現代書館、2001年の高橋修さんのところ等)。両方を同時に進めていかなくてはならない状況は今も変わらない。

 さてどうするか。これなら絶対という方法はない。今までは、各地域での行政の担当者との個別交渉、一点突破で当たってきて──そのための技を前記した相談センターが提供してきて──、それで相当の成果は上がってきた。どんな経緯であれ一箇所に穴が空けば、後が続くというわけだ。この方法は有効だから、今後も使われるだろう。ただ、それだけでどこまで行けるかということもあるかもしれない。正面から主張し、人にわからせるということも同時に必要だろう。

 必要な水準にまで介助をたくさん行っても、この社会が維持していけないなどということはないことをわかってもらいたいと私は思う。家族がやっていた分を代わりに別の人がやるのであれば、社会全体としての介助の量は変わらない。社会的負担による有償化により、より多く受け取る人もおり、逆の人もいるが、仕事の量にせよ暮らし向きにせよ平等・公平に近い方がよいと考えれば、今は少しも公平でないのだから、より好ましい状態になる(『生の技法』第8章)。では介助の量が純粋に増える場合はどうか。すなおに考えると、いま労働力は余っていて、少子化社会だろうが高齢化社会だろうが、それは今後とも基本的には変わらない。ところで、仕事がなく仕事をしない人ももちろん生きていけてよいのだから、その人の生活のために社会は支出すべきである。ならば、いま働きたいが働いていない人の数に対応する数の人に働いてもらい、それに対して社会が支出してもそう変わらない。おおむねこういう理屈になると思うのだが、私はそれをもう少していねいに言おうと、ものを書いてきたりした。理屈にたいした力はないが、それでもないよりはましということもある。

 そしてとにかく、介護保険の水準などではまったく、人が死んでしまうほど、足りないことを言い続けることだ。介護保険の利用者に「特例」としていくつかの難病の人たちが入った。いまALS(筋萎縮性側索硬化症)の人たちのことを少し調べているのだが、24時間の介助が必要となるその人たちの状況は依然としてまったく深刻で、家族の負担が大きいことを背景に、人工呼吸器をつければもっと生きられるのに、つけないで亡くなっていく人が7割いるとも言われる。この人たちの団体(日本ALS協会)の運動は厚生大臣への陳情などもっぱら表玄関からのもので、かえってなかなか成果をあげるのが難しいところもないではない。ただこういう行動も必要だと思う。表からと裏からと、うまく戦術を組み合わせ、今まで障害者運動とあまりつながってこなかった、しかしやはり障害者である人たちとも連携してやっていけるとよいと思う。

※ この文章の全文と関連項目、団体へのリンクをホームページに掲載します。私の名前で検索してみてください。


1997年第5号の「こちら“ちくま”」より連載を頂いている立岩真也さんは信州大学医療技術短期大学部の“じょきょーじゅ”(本人の名刺にはこう書かれている)から、立命館大学へ行かれることになりました。
「ちくま」へ多くの助言を頂いてきた立岩さん一家と、顔見合わせて飲む回数が減るのはとても淋しいですが、今は「パソコンでEメール」もできるようになり、今後も多々お世話になると思います。立岩さんの“京都デビュー”を心より応援したいと思います。 連載は、引き続きます。

(野田)

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春風に乗って、引越しまーす!!

 建築期間中の移転先ご案内

春一番が吹く季節に現在の建物が取り壊しになるため「ちくま」本部全体が下記の住所に移転いたします。


「ちくま」では、来年度の法人化に伴い、現在の建物を新築する方向が決まりました。
建築期間中の移転先として、「松本倉庫株式会社」さんの広い敷地内の一角にある、事務所スペースを、お借りすることができました。南松本駅に近く、とても分かりやすい場所です。
このような場所をお借りできたのも、「松本倉庫株式会社」さんのご理解のおかげと、心から感謝致します。本当にありがとうございます。

各部門の引越しに伴う休業日も決まりました。業務連絡は3月14日(木)まで旧住所で行っていますので、急用の方は遠慮なくご一報ください。移転期間中、大変ご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解のほど、よろしくお願い致します。移転先でも通常の業務を行いますので、相変わらず足をお運びいただければうれしく思います。

移転先開業日 3月18日(月)

<移転先住所>
〒 390-0832 長野県松本市南松本2-5-38 
TEL.0263-26-6330 FAX.0263-26-6047(TEL・FAXは今まで通りの番号です)

               

<営業案内>



活動を終えて

森谷幸恵

「もう1年もたったがしたぁ、ほんてんあっという間だっけなあ」と振り返っているところです。

雪深い山形から出てきて“個性のるつぼ”の「ちくま」に驚いているばかりだった私も、今では何かが起こるのが当たり前と思えるようになりました。我ながらすっかり“ちくまっ子”になれたと思います。リフト車の運転、石けん作り、ゆんたあく(公民館喫茶)の手伝い、バザー、‥‥など、様々な体験をさせてもらいましたが、一番印象に残っているのは、20周年の記念イベントの時のことです。自分の仕事が終わった後、夜遅くまでミーティングを重ね、準備をすすめて下さる実行委員の方々。そのようなつながりを保ってきたちくまを見て、これまでのちくまを少し知り得たような気がします。(飲みっぷりには驚かされましたが☆)今年のV365だったことを本当にありがたく思います。

スタッフの方々をはじめ、関わったすべての方々に心から感謝いたします。どうもありがとうございました。

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ちくまの日記


2001年
12月11日

ジャスコ南松本店「クリスマス・コンサート」にご招待いただく。

20日

ちくま福祉会理事会。

22日

NPOセミナーに、野田出席。

23日

恒例、なんなんひろば「イヴの献血デー」(主催:松本東ライオンズクラブ)に参加して、ゆんたあく祭日開店。

27日

ちくま共同作業所、ゆんたあく、仕事納め。

28日

「ちくまの店」昼の部、仕事納め。

31日

「ちくまの店」夜の部、特別越年営業。大賑わいでした。

2002年
1月7日

信州大学医療技術短期大学部看護科学生3名来所。卒論に関して。

10日

ちくま共同作業所、仕事始め。

12日

松本名物行事「あめ市」でバザー。今年はナワテ通り3丁目も完成したため、原宿竹下通りのような人ごみでした。

20日

「氷彫フェスティバル」(会場:松本城)でバザー。山形出身V365のゆきちゃん直伝郷土料理、名物の丸こんにゃく(山形直送)をスルメで炊いて販売「美味し〜い」大好評でした。

21日

「ぴあねっと21」新年会に作業所メンバー3名参加。

26日

ちくま家族会、法人化会議の後、新年会。信州ならではの持ち寄り宴会で楽しみました。

27日

大雪です、松本にしては。44cm。

28日

で、作業所は臨時休業。スタッフは雪かきの1日。

2月8日

ちくま共同作業所、大カラオケ大会。替え歌に、パラパラに、盛り上がり

9日

作業所Mちゃん、盲腸で緊急入院。(もうすっかり元気です)

12日

風邪が大流行。(主にスタッフ、唯一元気なのはV365ゆきちゃん)

13日

SBCラジオ「ちょっといい夜」(生放送)に、大下、野田出演。2人共ハスキーボイスでした。思わず「へえー」と再確認することあり。

19日

入所希望のHさん見学来所、翌日より通所開始。

25日

1年間ボランティア:森田幸恵(ゆきちゃん)任期終了。総括研修へ。

28日

日本財団の助成金交付の決定。よかった。これから建設に向けて、もっと忙しくなります。

〔編集後記〕
 いよいよです。ちくまが大きく羽ばたきます。ゆっくりしたTちくまUらしい20年の歳月は、ここに来て加速しました。その長い道のりを支え続けてくださった皆様に感謝します。これからも厳しく、温かくお見守りください。(京)

建て替えのため、“ちくま”は取り壊しになります。15年余り私達を支えてくれたこの建物。ありがとう、お世話になりました。(み)


支援会員 年間 2,000円

賛助会員 年間 5,000円


移動サポート賛助会員

 (個人)年間 5,000円

 (企業)年間 10,000円

各会員の方には『こちら“ちくま”』やさまざまなご案内をお送りします。

郵便振込口座:00520−6−22266

口座名義:筑摩工芸研究所

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