通信紙

こちら“ちくま”

1999年第5,6合併号 通巻16号
 
 発行人 新井俊雄
 編集人 大下京子 宮沢敬子
 発行所 筑摩工芸研究所
 〒399-0001 長野県松本市宮田8-22
 tel. 0263-26-6330 fax. 0263-26-6047

2000年を迎えます
 新井 俊雄ちくま代表
『ちくま移動サポート』の現状
 野田 瑞穂(ちくま移動サポート代表)
「NPO」のこと・1 ―知ってることは力になる・11―
 たていわ しんや(信州大学医療技術短期大学部助教授)


ちくまの日記
編集後記

2000年を迎えます

新井 俊雄(ちくま代表)

 2000年前の年老いた人、障害をもった人のありようはどのようであったか、思いめぐらしてみると、やはり家族単位であり、群れ単位であったろうと思います。群れのなかで力のある者は、年老いた人や、障害をもった人の生活の配慮をしていたことは当然考えられます。

 現在のように生活が制度化されると、暮らし向きまで制度のなかでしか生かざるを得なくなりました。私たち本来の生き方ではないように思えるのです。生まれ育った所で生きられる。

 普段の顔の見える関係で、障害をもったときも地域で暮らすことができる。ここのところの50年、100年を対比してみると、暮らし向きまで合理化を進めてきました。その方が近代的であるかのように考えてしまいました。しかし、2000年を振り返ってみると、あらためて本来の生き方が見えてくるのです。やはり地域のなかで、顔の見える関係で暮らしていきたい。また、その方がお互いに安心であり、安堵である。「ちくま」の立ち上げの精神は、障害をもっても地域で暮らしていける、そんな風景を作ってみたい……でした。
 
 障害をもったときに、また年老いたときに、どんな暮らし方ができるのか。もし障害をもったとき、また障害をもった人を残して親が亡くなったとき、子どもを単に施設に入れるのではなく、地域でどのように支えることができるのか、そのしくみを考えておりました。この度のNPO法人設立可能とか、1000万円で社会福祉法人ができるとかの最近のニュースは喜ばしいことです。あらためて、障害をもってもその人の暮らしを地域で作り上げていく、そんな願いがかないそうな気がします。今後ともよろしくお願いいたします。

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『ちくま移動サポート』の現状

野田 瑞穂(ちくま移動サポート代表)

 障害者やお年寄りの要望により、1998年7月にスタートした「ちくま移動サポート」は、1年半を経過しました。現在、車輌3台、スタッフ3名と有償ボランティア1名により活動しています。人間の生活の上で、移動は欠かすことができません。移動の手段が多いほど、選択の幅が広がり、その人の生活に合わせて選択することができるようになります。現在全国で民間移動サービス団体が、1000近くあると言われています。利用料金も運行方法も、地域によって団体によっていろいろです。しかし、ほとんどの団体が低料金で、利用者負担をなるべく減らそうと努力しています。ただし、それにも限度があります。県や、市からの補助金によって低料金を実現できるという所もあれば、最低限、団体を維持するために、ある程度の利用料金をいただいている所もあります。現在ちくまは後者にあたります。民間の様々な団体が移動サービスを実践することで、全国でもいろいろな動きが出てきました。今後、そういう動きを皆様に少しずつではありますが、お伝えできればいいと思っています。




動き出した移送サービス

ここ1年位の間に、「福祉タクシー」「介護タクシー」に参入する企業が出てきました。また行政への働きかけも活発になってきていますが、問題も抱えています。一例に過ぎませんが紹介いたします。

■活動団体の紹介

「移動サービス市民活動全国ネットワーク」
1998年3月、障害者や高齢者の移動サービスに取り組んでいる全国の団体・個人により結成。遠距離の移動にも対応できるサービスのバックアップ体制を、確立できるよう条件整備に力を尽くしている。

「東京ハンディキャブ連絡会」
1986年に都内のハンディキャブ運行団体の情報交換や運行上の様々な問題を話し合う場として結成。公共交通機関を含めた「移送サービス」全体のあるべき姿を描き、情報の収集と発信を行い、問題の解決、環境作りに取り組んでいる。☆ボランティア依存率7割
埼玉県自治体の4割が移送ボランティアを実施し、その7割が運転者をボランティアに委ねている。問題点として、ボランティアへの負担が大きく、事故発生の心配、急な要請への対応、運転者の高齢化などが上がっている。なお外部委託ではシルバー人材センターからの派遣やタクシー会社に委託するケースもある。


■タクシー業界

長野県内
お年寄りや障害者のための「介助タクシー」「介護タクシー」の営業を始めている。中でも多くの事業所は、ホームヘルパーの2級資格を持つ運転手が病院や福祉施設の送迎の介助にあたる。買い物の付き添い、着替えの手伝い、排せつの手伝いといった、介助サービスを有料で受け付ける所も出てきている。新たに乗り降りしやすいように後部回転シート付き小型車、寝台仕様車等を導入して、これからの福祉サービス事業に積極的に参加していきたいとしている。


■運転代行業界

長野県内
代行業者の「福祉タクシー」部門スタートが増えてきている。貸切時間制を採用するタクシー会社に対して、低料金に抑えるため安いランクの距離制の料金を採用している。代行の協同組合も大型ワゴンタイプの専用車輌を置いていきたいとしている。


■移送サービスで法制化の要望

埼玉県
「高齢者福祉を考える'99年県民会議」が開催され、移送サービスが整っていれば社会参加したいという人が大勢いるので、保険適用など国が助成する形で法制化を望むと、意見が出された。県側は、交通手段の確保が必要であり「新高齢者保健福祉計画」の策定にあたり反映したいとしている。また社会福祉協議会を窓口として移送ボランティアを実施しているが、事故発生の問題を含め、タクシー限定免許会社など専門事業者への委託を望む声も多い。


年末年始休業のお知らせ
1999年12月29日(水)〜2000年1月10日(月)休業中はEメールのチェックができません。
移動サポートの申し込みは、ご案内した携帯電話をご利用ください。

ちくまのEメールやっとスタンバイ
長い間、大下個人のメールアドレスを使用していましたが、スタッフの努力により設置できました。OA機器にも強い(?)ちくまです。

E-mailアドレス
tikuma@po.mcci.or.jp

何かと便利なEメール!!
移動サービスの申し込み。手作りせっけん等、販売商品の注文。いろいろな情報。などなど………ご連絡ください。

ホ―ムペ-ジアドレス
http://www.azumino.cnet.ne.jp/human/chikuma/

縄手「ちくまの店」より
来年6月、再開予定の「ちくまの店」は、またまた食べ物屋さんです。今度は、おむすび屋さん。夜はお酒も出すお店へと変わります。いよいよ、ちくまも夜の世界へ進出!?店名も変わります。昼は"おむすび屋"、夜は、安くて美味しい"飲み屋"を目指します。今度は店内で食べられます。
倍旧のご愛顧、お待ち申し上げます。

店主 瀧澤 和子


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「NPO」のこと・1
知ってることは力になる −11−

たていわ しんや(
信州大学医療技術短期大学部助教授)


 あまりすぐには使えないはなしが続きます。すみません。「NPO」(nonprofitorganization)のことについて何回か書こうと思います。プロフィットって「利益」「もうけ」という意味ですから、そのまま訳せば「もうけない組織」。「非営利組織」という日本語が普通使われます。他に、もう少し前から日本でも使われてきた言葉で「NGO」というのがあります。こちらの「G」は「政府(gouvernment)」ですから、「非政府組織」。まあ、NPOの中に政府を含めることはないし、NGOといっても非営利の組織ですから、そういう意味では、NPOもNGOも、非政府&非営利組織ということで同じなんですが、NGOは、NPOのなかの、普通は国境を越えた活動をする団体、海外援助などをするNPOのことを言う時に使われます。高橋卓志さんが本誌12号で紹介している「アクセス・21」なんかがNGOということになります。

 次に、今述べただけの広い意味でとった場合、古今東西、どんな時代にも、どんなところにも、NPOはたくさんありましたし今もあります。ゲートボールやバイクの同好会とか、学校のサークル、など。ただこの言葉が日本で使われ始めるようになった時には、もう少し限定された意味だったでしょう。例えば「ちくま」のような団体。そして今度始まった「ぴあねっと21」(松本市障害者自立支援センター、本誌第16号に紹介)も。そして第14号で市川博美さんが紹介した「長野県NPOセンター」はNPOのためのNPOという性格をもったNPOです。ではその場合のNPOとは何か。それはおいおい書くことにして、まずはこの言葉をめぐる歴史──というほど長いものではないのですが──を少し振り返ってみようと思います。

 この言葉が日本に登場したのは、NGOという言葉が一般化したよりかなり後になってのことです。1995年に阪神・淡路大震災がありました。この時に様々な民間の活動が注目されました。それはボランティアや、ボランティア団体ととりあえず呼ばれたのだけれども、その中には例えば「アジア医師連絡協議会(AMDA)」といったNGOでありNPOである組織もあって、それはボランティア団体=みなが無償で活動に参加する団体というのと少し違う。利益を得ることを目的にするのではないけれども、スタッフ(の一部)は常勤で月給を得ていたり、非常勤で務めていたりする。そしてそういう組織の方が、活動を組織的に迅速に有効に行えるということが明らかになりました。ボランティアの志はあっても、その気持ちがその場で有効な活動に結びつくとは限りません。それまでの国際援助を通して災害時などの緊急の対応の経験があり、機器や輸送手段、それから指示や連絡のシステム、それらの対応の体制ができていたところが、当然と言えば当然ですが、力を発揮したのです。そしてそれは、行政組織の様々な対応の遅さ、まずさとの対比でも言えたことでした。そんなわけで、企業でもない、行政組織でもない、そしてこれからそういうものが大切なんだということを多くの人が実感した。そんなことが一つにありました。

 ただ、当時の動きを調べてみると、実はNPOという言葉は、震災後に降ってわいた言葉ではないのです。1990年代に入って、この言葉は新聞紙上などでもぼつぼつ出てき始めています。また震災の1年くらい前にもいくつかの政党で検討が始まっています。その中身を見てみると、米国におけるNPOの活動のあり方、そしてそのNPOが米国の法律のもとで法人として位置づけられていることが注目されているのがわかります。たとえば米国のNPOで活動している人を日本に呼んで、その活動ぶりを紹介してもらうというような催しがいくつか行われて、それが新聞等でも紹介されるといった具合です。そろそろこの辺が大切だなと思う人は思っていた、思い始めていたところに、あの震災があり、その動きを加速したというわけです。

 では具体的にはどんなところが注目されたのでしょう。NPOという言葉でどんな新しさを言おうとしていたのでしょう。

 第一は、言うまでもなく、そのような非営利・民間の活動が米国などで盛んであること。そしてその活発さは何かを具体的に提供する活動の活発さであること。「住民運動」と言うと反対する運動で、「住民団体」と言うとその団体であることが多い。「市民団体」にもそういう感じがあります。もちろん反対すべき時に反対することは非常に大切で、そういう組織は国際的にもたくさんあります。例えば環境問題で一番強力かどうかわかりませんが、少なくとも一番派手な反対運動をする「グリーンピース」とか。ただ、反対運動も絶対大切だけれども、それも含めて人に何かを伝える提供する活動が民間のレベルで行われているということ。

 第二は、それがかなり組織だった組織の活動として行われていること。もちろん、少人数の人たちの完全な手弁当で、随時集まって、時間のある時にやれることやりたいことをするという活動も、世界中にたくさんあります。ただ、活動を広く有効に行うとする場合には、それでは不十分な場合もあります。とすると、お金のこと、人の動かし方のこと、等、組織の運営、経営が大切になる。そこのところを米国のNPOなどはなかなか上手にやっている。これは参考にできるのではないかと考えた。

 第三は、第一点にも第二点にも関係するのですが、それらの組織を、社会的に位置づけるシステム、活動によってはそれに特典を与える法制度が存在していること。もちろん日本にも学校法人、宗教法人、医療法人、社団法人、財団法人といった法によって規定された非営利法人はありました。しかしそういうのは違うかちで法的にNPOが位置づけられている。これはなかなかよいのではないか、と思った。

 以上のような事情があったと思います。それをもう少し具体的に解説しながら、日本の社会の中でのNPOの意味をどう考えることができるのか、書いていこうと思います。その中では、今回書いたこと以後いろいろと紆余曲折あった末、1998年3月に成立した「特定非営利活動促進法」、いわゆるNPO法とはどういうものであるのか等にも触れようと思います。では、次回に。

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ちくまの日記


9月23日

ちくま共同作業所連休。(〜26日)

29日

健康診断。体重が気になる人、数名。でも、あのRちゃんの意外な数字(みんなが思っていたより軽い)にはびっくり。

30日

保険代理店「ちくまセーフティー」業務終了。
「長い間ありがとうございました」大下

10月1日

四柱神社のお祭りのため、ナワテの店で恒例おもちゃ屋(通称“テキヤ”?)開業。
その「ちくまの店」、ナワテ商店街改修工事で休業に入るため片付け始まる。

7日

世田谷ボランティア協会と世田谷区職員研修室の皆さん、打ち合せに来所。ふれあい週間バザー。

13日

ちくまの友人、『月刊ちくま』にも連載してくださっていた"みけさん"こと麻生小鈴さんによる「インド舞踊」を見る会。市内の作業所にも声をかけ、多くの皆さんが来てくださいました。その激しい踊りに、みんな感動でした。
NPOサテライトキャラバン打ち合せ会議に出席。

16日

松本青年会議所主催「アルプスフロントまちづくりフェスタ99」に参加し、伊勢町商店街でバザー。

18日

花田養護学校より1名、職場実習。(〜20日)

19日

ぴあねっと21(松本市障害者自立支援センター)開所式。

23日

なんなんひろば秋の文化祭。(〜24日)
「ゆんたあく」は100円コーヒーサービスで大盛況。24日はバザーでも参加。

27日

世田谷区職員ボランティア研修で30名受け入れ。(〜29日)
世田谷2日目、作業日。今年も「ちくま」の各所や自立生活者支援でご協力いただきました。

31日

身体障害者療護施設「ささらの里」でバザー。

11月1日

松本養護学校より1名、職場実習。(〜5日)

3日

陀瑠州様よりご招待いただき、綾戸智絵コンサートに行きました。

9日

ナワテ商店街研修旅行に瀧澤参加

11日

諏訪郡富士見町役場厚生部10名見学来所。

13日

長野県NPOセンター主催「会計講座」に野田参加。

15日

『こちら”ちくま”』刷新のため、編集会議。

17日

電話工事。「ちくま」もついにISDNにし、インターネット始めます。

12月3日

ちくま忘年会。料理班チーフTさんの指揮のもと、20名余の方々にお手伝いいただき、素晴らしいごちそうが並びました。100名の参加者は舌鼓を打ちつつ、いつもより盛り沢山の所員の一芸披露や、元ボディビル日本一、鶴田さんとお弟子さんのムキムキ披露に拍手喝采でした。

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〔編集後記〕
 
今号から「発行人」「発行所」が変わり、編集スタッフも増えました。主に自立支援部門からの発信だったものを、「ちくま」全体からの発信とするためです。発信だけでなく交信となりますよう、皆様のお声を郵便、Eメール等でお寄せください。(京)

 今回から編集のお手伝いをさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。(み)


支援会員 年間 2,000円
 (自立支援センターちくま会員の名称改め)

賛助会員 年間 5,000円


移動サポート賛助会員

 (個人)年間 5,000円

 (企業)年間 10,000円

各会員の方には『こちら“ちくま”』やさまざまなご案内をお送りします。

郵便振替口座a@00520−6−22266
口 座 名 義 筑摩工芸研究所

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