奥の細道 画巻(全二巻)
見本
松尾芭蕉
=原文
与謝蕪村
=書・画(
解説
)
発端の項の巻頭の部分
那須野の項
情を知る農夫に馬を借りて、
踏み迷いがちな那須の野道を行く芭蕉と曽良
福井の項
旧知の俳友・等栽の家を訪ねる芭蕉
平泉の項
義経最期の居館・高館に登り、
戦死した義臣たちを思って「笠うち敷き」
物思う芭蕉と、そのかたわらで涙ぬぐう曽良
酒田の項
鶴岡の城下の長山氏重行宅にて俳諧一巻を蒔く様子
左側の筆を持つ人物が曽良で、帽子をかぶる
端正な顔立ちの人物が芭蕉である
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注文方法
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仕 様
(桐箱入り
見本
題字=上條信山(日展参事・書象会理事長)
寸 法 上巻28.0cm×925.7cm(原寸)
下巻28.0cm×1092.7cm(原寸)
本 紙 特漉き鳥の子紙・特別多色製版
仕 立 巻子仕立・桐箱入り
表 紙 緞子
表紙裏 特漉き金砂子紙
軸 先 黒檀
表 木 竹
箱 かぶせ蓋台付桐箱ひも止め・化粧箱付
解 説 別冊解説書付(紀行文全文解釈収録)
制 作 (株)便利堂(京都市)
発 行 (株)郷土出版社
頒 価 二巻セット
240,000円
(税込み)
分割価格255,000円(51,000円×5回)
推 薦
井本 農一
(お茶の水女子大学名誉教授・文学博士)
大谷 篤蔵
(俳文学者)
金子 兜太
(現代俳句協会会長・「海程」主宰)
解説書 大谷 篤蔵 執筆
画巻及び箱題字 上條 信山(日展参事・書象会理事長)
※分割払いもございます。ご相談ください。
※予約順に制作していくため、お申し込みからお手元へ画巻が届くまでに一ヶ月ほどかかる場合もありますが、ご了承ください。
※パンフレットもありますので、下記にお問い合わせください。
インターネット安曇野
mail to:
azumino@po.cnet.ne.jp
復刻にあたって
「月日は百代の過客にして……」の名文で始まる「奥の細道」は、元禄二年(1689)、俳聖松尾芭蕉が門人河合曽良と共に奥州各地を行脚した際に書かれた紀行文ですが、その約百年後の安永八年(1779)、俳人であり文人画家でもあって芭蕉を心から崇拝していた与謝蕪村は、その全文を書写し、飄逸な画を添えて画巻としました。これが国の重要文化財に指定されている超一級品の誉れ高い
逸翁美術館
(大阪府池田市)蔵「奥の細道画巻」です。したがって、この「奥の細道画巻」は、芭蕉・蕪村という当代を代表する二人の天才の結晶といえる名品です。
今回の復刻に際しましては、美術制作の老舗として定評のある京都・便利堂に依頼し、原本に忠実に原寸大で復刻いたしました。
芭蕉翁生誕350年・没後300年の記念の年にあたり、この貴重な「奥の細道画巻」が広く皆様にご愛蔵いただけることをつつしんでお願い申しあげます。
井本 農一
(お茶の水女子大学名誉教授文学博士)
維駒本「奥の細道画巻」を推す
蕪村が芭蕉の「おくのほそ道」を挿画を入れて書写したのは、62歳から64歳頃に集中しているが、その頃は蕪村が俳画に自信を持った時期であろう。十に近い作品を書いたと推定されているが、それは初めに一つ書いてみて、自分でも興が乗り、周囲に求められるままにいくつも書いたためであろう。挿画には蕪村の「おくのほそ道」の読み方がうかがわれ、また文と画と相まって全巻に「風流洒落(しゃらく)」の気が横溢(おういつ)していて、見るものの心を洗ってくれる。
大谷 篤蔵
(俳文学者)
俳人にして南画家、画俳両道を通じて独特の離俗の芸術世界を展開した蕪村。その彼が自ら「はいかい物之(ものの)草画、凡(およそ)海内(かいだい)に並ぶ者(もの)無之(これなく)候」と誇ったいわゆる「はいかい物之草画」つまり俳画の最大雄編は、何といってもその「奥の細道画巻」に極まるこというまでもない。芭蕉紀行文中の神品「おくのほそ道」、その本文をあるいは雄渾洒脱に、あるいは端正雅直に数種の書体を交えて書写し、所々に海内無双の技を自負する俳画を配した超大巻、芭蕉文章の妙と相まって、蕪村の書画技の躍動する画巻こそその真面目と称し得べきものである。蕪村は生涯に数巻の「奥の細道画巻」を描いたことは明らかであるが、安永八年(1779)64歳の揮亳にかかり老熟の技歴然たる本画巻こそ現存作品中の最雄品たる事疑いを容れない。その
逸翁美術館
蔵の画巻が、原寸大の大きさで原本そのままの精確なる複製が初めてここに出現し、親しく座右にしてこれを鑑賞し得ること、まさに文雅愛好の至福と称すべく、汎く本画巻を江湖博雅の士の机辺に呈し得るを最上の喜びとするものである。
金子 兜太
(現代俳句協会会長 「海程」主宰)
蕪村の「奥の細道画巻」を見ていると、芭蕉と曽良の主従二人の姿に、軽やかな旅情の流れが感じられてきて、とかく重重(おもおも)しく読みがちな芭蕉の旅がほぐれてくる。蕪村は、こうした画巻は「洒落(しゃらく)に」つまり、さっぱりとわだかまりなく描かないといけない、といっていたが、省略の利いた筆づかいが明るく、「俳諧物の草画」の味わいとはこれだな、と思ってしまう。芭蕉と蕪村という二人の大物の屈託のない協和音を聞く思いもある。
松尾芭蕉
正保元年(1644)〜元禄七年(1694)。伊賀上野(三重県上野市)生まれ。「俳諧七部集」「野晒紀行」「更科紀行」「嵯峨日記」等がある。
※奥の細道の旅は、元禄二年(1689)3月27日(新暦5月16日)〜9月6日(同10月18日)に行われた。
「旅に病んで夢は枯れ野をかけ廻る」が辞世句。墓は義仲寺(滋賀県大津市)。
与謝蕪村
亨保元年(1716)〜天明(1783)。摂津(大阪)の生まれ。「新花摘」「蕪村句集」等がある。大雅と共に国宝「十便十宜図」を描く。 ※「奥の細道画巻」は安永八年(1779)、64歳の作。「白梅に明る夜ばかりとなりにけり」が辞世句。墓は金福寺(京都)。
(財)逸翁美術館
財団法人逸翁美術館は逸翁(いつおう)と号した小林一三翁(昭和32没・84歳)一代のコレクションを収集し、その旧邸「雅俗山荘」をそのまま展示館として利用、昭和32年10月に開館された物である。
小林翁は明治・大正・昭和の三代にわたって活躍した有名な実業家で、阪急電鉄をはじめ宝塚歌劇、阪急百貨店、東宝などの阪急グループを創立して今日あらしめ、のちには商工(現通産)大臣や戦後の国務大臣復興院総裁にも就任されている。
館蔵品
小林逸翁収集の古今東西に及ぶ美術工芸品約5,000点(書画1,500点、陶磁2,000点、金木工その他1,500点…重要文化財、重要美術品34点を含む)
特 色
館蔵美術品は茶掛け、茶陶をはじめとする茶道美術品が中心であるが、特に全国一といわれる蕪村・呉春作品のコレクションは有名であり、ほかに絵巻物や屏風、仏教美術品や西欧陶磁、油絵など創立者の幅広い性格そのままに多岐多彩にわたっている。
(大阪府池田市建石町7−17)
クリア・ウオーター・リバイバル
Clear Water Revival from Azumino,Shinsyu
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