経営革新:大不況を生き抜く共生経済
このままで行くと確実に時間に干されてしまう。みんな分かっているけれども、その一歩が踏み出せないままでいます。だらだらと延命のために、借金をしたり、街中でチラシを配ったり、ストップウオッチ片手に、ラインの速度をコンマ幾つ刻みで短縮してみたところで、結局は時間が味方してくれないまま、体力を使い果たし、精神も衰弱するばかりです。何の解決にもなりません。
生計が達成されない以上、もはや、それは仕事ではありません。この安曇野に大きな紡績工場がありました。地元の憧れの就職先でした。しかし、今はもうありません。この種の話は産業史の落とし子としていたるところにある話です。今はこうして他人事のように言えますが、当時は今と同じように生死に関わる大事件であったはずです。しかし、当時の人々の努力にも関わらず紡績工場は今はありません。時代の流れを止めたり、時代の変化に責任を取れる人なんか一人としていません。
このことが新しい仕事を生み出す原動力になったはずです。 日本人には、一つの仕事に専念すること、一つの会社に勤め上げることを潔しとする生き方があります。しかし、変革期においては、その一途さが命取りになりかねないこともあります。モノは必ずに時間と共に壊れます。信州の産業史を見ても、養蚕から精密機器、IT機器、そして、次の産業軸へと時代の要請に応えようとしています。
それには、自立すること。脱皮すること
バブル崩壊後、経営の責任から自殺する経営者、中間管理者が増えています。日本の企業は、外見は現代風ですが、メンタルの部分に根強く、親分子分の関係を残しています。スケールメリットを追う成長期にはそれで良かったのですが、構造改革が必要な縮小経済期に入ってからもその依存体質を変えることができず、結局は管理者を自殺にまで追い込んでしまう現状があります。
そして、競争から共生に心のOSを変換すること。
全てを自己資金で賄う経営には限度があります。専門領域をもったもの同士がネットワークを組み、結果として大きな仕事を成し遂げる。このネットワーク経営は、個を活かす最適のビジネスモデルと言えます。
1929年の世界恐慌には、ネットワーク(インターネット、MLM)は存在していませんでした。労使共に事業者感覚で経営にあたる事業環境もありませんでした。経営者も社員も同じ生活者である以上、会計や税務を学び、家計から経営へと同じコスト感覚でことに当たることができます。
ネットワークを経営資源に!
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